2020年に日本で初めての腋窩多汗症に対する外用抗コリン剤である
エクロックゲル5%が承認されました。
今までは院内製剤などでの塩化アルミニウムが主体でしたので、
保険で処方可能な薬剤が出てきたのは良いことだと思います。
私は個人的には多汗症との多少の縁があるように思っています。
一番最初の記憶は大学の卒業時に麻酔科の医師が福岡の掌蹠多汗症
に対してETS治療(交感神経遮断術)を積極的に行っている施設に
就職するという話を同級生がしていたものであり、その次は医局の
先輩医師に連れられて大学外の施設で腋臭症の手術を行っていたこと。
その後は大学を辞して東京に出てきた時に丁度ボツリヌス菌毒素の
シワ治療の日本での黎明期とでもいうタイミングであり、プチ整形
という言葉が流行した頃であり、私自身はしわ治療以上にボツリヌス
菌毒素を用いた多汗症治療に興味を持って取り組んでいました。
腋窩のみならず、手掌足跡(手のひらや足底)の多汗症に対しても
相当数の注入治療を行わせていただきました。
さて、今回は多汗症一般についてと、腋窩多汗症の治療について
某所で行った講演会のスライドを元にお話をしたいと思います。
他の疾患もそうですが、本人でないと分からない苦しみというものがあります。
多汗症も同様です。
下の「てのひらの機嫌」は私が東京で掌蹠多汗症の治療に取り組み始めた時に
よく覗いていたサイトです。
次は、福岡の佐田病院のHPから患者さんの声。
では引き続き外用剤による多汗症の治療について。
市販薬の中心成分であるクロルヒドロキシアルミニウムとは?
クロルヒドロキシAlとは…:化粧品成分オンラインより 抜粋転載
■収れん作用
収れん作用に関しては、クロルヒドロキシAlは陽イオン型
収れん剤であり、汗腺の開口部のタンパク質を凝固・収縮
させることにより強い収れん作用を発揮することから、
アストリンゼントローション、アフターシェービング
ローションなどに使用されています。
また、収れん作用によって肌をひきしめ、汗を抑えて化粧崩れ
を防止する目的で、ルースパウダー、パウダーファンデーション
などに配合されます。
■制汗作用
制汗に関しては、クロルヒドロキシAlは1940年代から制汗剤の
有効成分として使用されており
pHは酸性ですが塩化AlよりもpHが高く、衣類に対する損傷や
ヒト腋窩皮膚に対する刺激がずっと少ないことから、
現在においても制汗製品、デオドラント製品などに汎用
されています。
クロルヒドロキシAlの制汗メカニズムは、表皮内の導管(汗管)
にアルミニウムを含む水酸化物のゲルが形成され、表皮内汗管が
物理的に閉塞することによって発汗の減少が起こるというものが
提唱されています。
このメカニズム自体は塩化Alと類似したものですが、汗腺を含む
角質層をテープで剥がした場合に、塩化Al塗布では汗腺の機能は
ほとんど回復しなかったのに対して、クロルヒドロキシAl塗布
では約半分まで発汗が回復したことから、クロルヒドロキシAlは
塩化Alよりも皮膚表面に近い部位で作用していることが示唆
されています。
皮膚刺激性および皮膚感作性(アレルギー性)について
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British Industrial Biological Research Associationの安全性データ(1973)によると、
[動物試験]
マウス、ウサギおよびブタの皮膚に10%および25%クロルヒドロキシAl水溶液を
5日間にわたって毎日開放塗布し、皮膚反応を評価したところ、この試験物質は
10%および25%濃度において皮膚刺激を示さず、またケラチン中にアルミニウム
も観察されなかった。
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試験データをみるかぎり、25%濃度以下においてアルミニウムの皮膚内
浸透および皮膚刺激なしと報告されており、医薬部外品(薬用化粧品)
として配合上限が2%濃度に定められていること、塩化Alと比較してpHが
高く、腋窩皮膚に対する刺激性もずっと少ないと報告されていること
から、2%濃度以下においては一般に皮膚刺激性はほとんどないと
考えられます。
また、試験データはみあたりませんが、古くからの使用実績の中で
皮膚感作の重要な報告がみあたらないことから、一般に皮膚感作性
はほとんどないと考えられます。
♦︎発がん性について
まず前提知識として女性ホルモンの一種であるエストロゲンと
乳がんの関係について解説します。
エストロゲンは乳房の発達を直接的に関わっており、
一般にその分泌量は30歳前にピークを迎え30代で次第に低下していき、
40代で急速に低下することが知られています。
一方で、40代では分泌量が低下したエストロゲンを受け止めるために
乳管上皮細胞にエストロゲン受容体(ER)が 増えてくることがわかって
いますが、エストロゲン受容体(ER)と結びついたエストロゲンは、
細胞分化や細胞増殖を促進する働きがあることから乳がんの発症に
つながると考えられています。
アルミニウム化合物を含む脇用制汗スプレーは乳房の近くで
使用されることから、 頻繁に使用することでアルミニウムが乳房
の皮膚に吸収され、エストロゲン様効果をもたらす可能性があり、
その結果として乳がんの発生に寄与する可能性が指摘されていました。
しかし、2016年に公開されたNCI(アメリカ国立がん研究所)の
制汗剤/デオドラント剤と乳がんに関するレビューによると、
インターネットを中心に、制汗剤の使用が乳がんを引き起こすと
いう噂が広まり続けていますが、 今日まで発表されているいくつかの
制汗剤と乳がんに関する研究報告では、 アルミニウム化合物を含む
制汗剤またはデオドラント剤の使用による実質的な悪影響が確認
されておらず、 乳がんのリスクを増加させるという仮説を
裏付ける証拠はない。
現段階の結論としては、 アルミニウム含有脇用制汗剤または化粧品の
使用が乳がんのリスクを高めることを示す明確な証拠はないと
結論付けています。
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エクロックゲルは抗コリン剤ですので、作用機序は神経終末からの
神経伝達物質であるアセチルコチンが受容体に結合して作用する
ところを阻害するので、ボツリヌス菌毒素製剤(ボトックス)注射
での神経終末におけるアセチルコリン放出抑制と結果的には
似たような機序になります。
一方で従来から外用治療で用いられている塩化アルミニウムは
市販薬のクロルヒドロキシアルミニウム同様、汗管の閉塞によって
効果を発揮するのとは大きく異なります。
当院でのエクロックゲル5%の臨床治験(BBI400試験)時に
CRCとともに聴取した患者さんの声 を紹介したいと思います。
【患者様の声】
・投与開始数日で発汗量が少なくなったのを実感できた。
・着替えを持ち歩かなくてもよくなった。
・(以前は汗染みが気になっていたが)、気にせず自由に服を選べるようになった。
・(AEにて片側を休薬していた方)治験薬を塗布していない側だけ発汗していて妙な感じ。
・(治験終了後の発汗検査時に)汗がまた噴き出るようになってきた気がする。
・薬が発売されたら、是非使いたい!(多数の方から頂きました)
保険適応のことをえると、外用剤の第一選択薬は従来の
塩化アルミニウムからエクロックゲルに変わるのかも
知れませんが、作用機序が異なることから実際にどちら
の薬剤が個々の患者さんによって効果がでるのかによって
異なるのかも知れません。
いずれにしても塩化アルミニウムよりは皮膚刺激性は少なそうです。
但し、塩化アルミニウム外用液の優れたところは、効果発現後は
週に1~2回の外用で効果が維持できる簡便さだと思います。
欠点は皮膚刺激性、かぶれまでゆかなくても、皮膚の質感に
変化を来すことがあることでしょう。
今後は、下記のような治療の流れになるのかも知れませんね?
■最後に使用方法とお値段についてです。
(使い方)
白い内ぶたの上のやや陥凹した部分に1プッシュ分ゲルを
押し出します。
その量が片方のわき分に相当します。
よく出来たゲル製剤なのですぐに乾くので、外用後の
べたつきなどはほぼ感じないのではないでしょうか?
内ぶたはウエットティッシュなどで拭き取るか、
水で洗って元に戻して終了。
1日1回毎日外用します。
外用のタイミングは、塩化アルミニウムは汗管の閉塞を
期待しているので、発汗量の少ない夜に外用がお勧めですが、
エクロックゲルは抗コリン剤であり効果発現目安が
外用後4時間であり、その後は徐々に減弱することから
すると、朝なのでしょうか?
治験時は就寝前の外用を行いました。
朝でも夜でもよいとのことです。
エクロックゲル1本が20gですから、1本で14日間分となります。
*発売開始から1年間は処方が14日分に制限されますので、
1本までとなります。ご理解をお願いいたします。
塩化アルミニウム製剤と異なり、効果持続さえるためには、
外用を毎日継続する必要があります。
(値段)
エクロックゲル1本 20g
薬価 4,874円(3割負担の方で1,462円)
2週間分だとすると、塩化アルミニウムなどよりは
多少割高に感じる方が多いかも知れませんね。
科研製薬株式会社の、ワキ汗の情報・サポートサイト「ワキ汗治療ナビ」▶︎
医療法人社団精華会
ミルディス皮フ科 村上 義之